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大阪地方裁判所 昭和33年(ワ)5514号 判決

原告

薬粧商事株式会社

右訴訟代理人

村本一男

被告

新野登美雄

右訴訟代理人

関田政雄

主文

被告は、原告に対し、金二〇一万八、二六五円およびこれに対する昭和三三年一二月五日から支払ずみまで、年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は、被告の負担とする。

この判決は、原告において金五〇万円の担保を供するときは、かりに執行することができる。

事実

第一、当事者双方の求める裁判

一、原告

主文第一、二項同旨の判決および仮執行の宣言

二、被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決

第二、原告の主張

一(一)  原告は、薬品類の販売を業とする会社であり、被告は、金融を業とする者である。

(二)1  原告は、被告に対し、昭和三三年八月一二日別紙目録記載(1)の約束手形(以下、たんに「本件(1)の手形」という)を金三三万〇九八二円で、同月二九日同目録記載(3)の約束手形(以下、たんに「本件(3)の手形」という)を金六〇万一、四〇九円で各割引、いずれも、被告から右各手形の交付を受けると引換えに、被告に対し、右各金員を交付した。

2  原告は、被告の代理人である訴外北口道一に対し、昭和三三年八月一六日別紙目録記載(2)の約束手形(以下、たんに「本件(2)の手形」という)を金五二万一、七七一円で同年九月六日同目録記載(4)の約束手形(以下、「本件(4)の手形」という)を金五六万四、一〇三円で各割引き、いずれも、同訴外人から右各手形の交付を受けると引換えに、同訴外人に対し、右各金員を交付した。

3 かりに、訴外北口に本件(2)および(4)の手形の割引について被告を代理する権限がなかつたとしても、北口は、被告方の使用人であつて、本件(2)および(4)の手形の割引をする以前から被告より手形割引の代理権を授与されて原告または原告の代理人訴外八島忠雄とのあいだで、相当長期間、相当回数にわたり手形の割引をしてきたものである。したがつて、本件(2)および(4)の手形の割引については右代理権の範囲を越えてなしたものといわなければならないことになるが、しかし、原告は、従来の北口との取引状況からみて、同人が本件(2)および(4)の手形割引についても従前どおり被告から代理権を与えられていたものと信じて右手形割引をしたものであり、以上のことから、そう信じたことに正当な理由があつたものというべきである。それゆえ、被告は、原告に対し、北口のした右手形割引につき本人としての責任はまぬがれない。

(三)  ところで、右手形割引というものは、満期未到来の手形所持人が裏書もしくはたんなる引渡によつて手形上の権利を相手方に譲渡し、相手方は手形金額からいわゆる割引料を控除した金員(割引代金)を支払うことをいい、手形割引依頼人と手形割引人とのあいだの法律関係は、手形の売買とされるところ、原告および北口は、本件手形割引にあたり、原告に対し、もし、本件各手形の振出が偽造であつたばあいは、本件手形割引を解除し、交付を受けた割引代金を返還する旨約束した。

(四)  しかるところ、本件各手形の満期到来前の昭和三三年九月一〇日頃、被告から原告に対し、本件各手形の振出がいずれも偽造の疑いがあるから調査されたいとの申出があつたので、翌一一日原告において調べたところ、本件各手形の振出人らん記載の「大谷重工業株式会社尼崎工業専務取締役大谷竹次郎」という署名(記名捺印)がいずれも偽造であることが判明したほか、その後にいたり、本件各手形の受取人および第一裏書人らん記載の「近畿産業株式会社取締役社長佐川吉太郎」の裏書もまた偽造であり、かつ、第二裏書人らん記載の「丸東金属株式会社」なるものは、実在しない虚無の会社であることも判明した。

(五)  そこで、原告は、本件各手形の振出の偽造であることが判明した後、ただちに、被告に対し、前記特約にもとづき、原告から被告に交付した本件各手形の割引代金合計金二〇一万八二六五円の返還を求めたが、被告は応じない。よつて、原告は、被告に対し、前記特約にもとづき、右割引代金および右金員に対する本件訴状送達の日の翌日たる昭和三三年一二月五日から支払ずみまで、商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(六)  かりに、特約にもとづく割引代金の返還請求が理由がないものとすれば、原告は被告に対し、つぎの理由により、右割引代金の支払を求める。すなわち、原告は、被告および北口に対し、本件各手形を割引するにあたり、本件各手形は、その振出および裏書が真正になされた手形であつて、満期到来後は手形上の振出人または裏書人に対して手形上の権利を行使しうるものと信じ、これを契約の要素として割引したものである。ところが、前記のように本件各手形の振出および裏書がいずれも偽造であることは、本件各手形の手形上の権利が当初から存在しなかつたことに帰するから、本件手形割引すなわち手形売買の要素に錯誤があつたものというべく、本件各手形の割引は、民法第九五条により無効といわなければならない。かように原告と被告とのあいだの本件各手形の割引が無効である以上、被告は原告に対し、右割引にもとづき交付を受けた割引代金を返還すべき義務があるものといわなければならない。

(七)  かりに、右主張も理由がないとすれば、原告は、被告に対し、つぎの理由により割引代金の支払を求める。すなわち、前記のように、手形割引は、手形の売買であつて、割引依頼人は割引人に対し、手形上の権利が有効に存在するものとして、手形上の権利を譲渡(売買)するものである。しかるに、手形の振出および裏書が偽造であつたならば、譲渡(売買)された手形上の権利は当初から存在しなかつたものというべく、このことは、手形割引(手形売買)の目的物である手形上の権利に隠されたるかしがあるものということができる。しこうして、本件において、原告は、被告および北口に対し、本件各手形の割引をするにさいし、本件各手形の振出および裏書がいずれも偽造であるということは、まつたく知らずに、これを割引いたものであつて、右割引いた本件各手形になんら手形上の権利が存在しない以上、原告は、手形上の権利を行使しえず、このために、原告は、本件各手形の割引代金相当の損害を蒙つた。したがつて、原告は、被告に対し、民法第五七〇条、第五六六条の規定により、右割引代金相当の金二〇一万八二六五円の損害賠償を求める。

二  (被告の主張に対し)

被告の主張二の(二)の事実中、本件各手形につき被告の裏書の記載がないことは認める。しかし、被告のような金融業者のあいだで、被告の主張のような事実たる慣習があることは否認する。

かりに、被告主張の事実たる慣習があるとしても、かような慣習は、公序良俗に違反する慣習というべきであるから、効力がないし、原告は被告とのあいだの本件手形割引においては、被告主張の慣習があることは知らなかつたものであり、もとより右慣習による意思もなかつたのであるから、右慣習は排除されるべきである。

第二、被告の主張

一(一)  原告主張一の(一)の事実中、被告が金融を業とする者であることは認めるが、原告の営業は知らない。

(二)  同一の(二)1の事実中、被告が原告主張の日に原告に対し本件(1)および(3)の手形を交付し、原告からその主張の金員を受領したことは認めるが、被告と原告とのあいだで本件(1)および(3)の手形の割引をしたという事実は否認する。後記のとおり、被告は、右手形割引の当事者ではない。

同一の(二)2の事実は、不知。

(三)  同一の(三)の事実は、否認する。もつとも、被告は、手形割引についての原告の見解を争うものではないが、原告に対し、原告主張の特約をしたことはない。

(四)  同一の(四)の事実中、本件各手形の「近畿産業株式会社」の裏書が偽造であるという事実は知らないが、その他の事実は認める。

(五)  同一の(六)の事実は争う。けだし、原告と被告とのあいだで原告主張のような本件各手形の割引がなされたものとしても、手形が存する以上、原告は、被告に対し、手形上の権利を行使すべきものであつて、手形と切り離された理由により、被告の責任を問うべきではないから、右手形割引に民法第九五条の錯誤の規定を適用して、割引代金の支払を求めることはできない。いわんや、原告は、右手形割引につき、民法第五七〇条の規定によるかし担保責任をも問うているのであるから、なおさら、右錯誤の規定を適用する余地はないというべきである。

(六)  同一の(七)の事実も争う。本件手形割引に民法第五七〇条の規定を適用することはできないものである。すなわち、手形割引における割引依頼人と割引人とのあいだの法律関係は売買であるから、割引依頼人は、消費貸借の債務者のように取得した割引手形金額の返還債務を負うものでなく、ただ、手形行為の効果として手形上の義務を負うにとどまるものである。したがつて、手形割引のばあい、売買におけるかし担保責任の観念を容れる余地はないといわなければならない。

二(一)  被告は、原告とのあいだで本件(1)および(3)の手形の割引の当事者ではない。すなわち、被告は、訴外丸東金属株式会社から本件(1)および(3)の手形について割引のあつ旋を依頼されたので、これを原告に取次いだものであつて、原告から同会社に対する右手形の割引を仲介したものにすぎない。もともと、手形割引の当事者たる割引依頼人は、手形割引においては、割引する手形に裏書の記載をするのを原則とし、もし、裏書の記載をしないばあいでも、割引人に対し、右割引手形の支払を保証する旨の保証書を差入れるか、または、右割引手形の支払を保証するいみで自らを振出人としてこれと同金額の手形いわゆる保証手形を振出すかするものであつて、たんなる交付によることはない。しかるに、被告が原告に交付した本件およびの手形については、被告は、裏書の記載をしていないし、もとより、この支払を保証するために、原告に対し、右保証書や保証手形を差入れたこともない。このことは、原告の主張する本件およびの手形の割引について、被告がその当事者でなく、たんなる仲介者であることを意味するものである。

(二)  かりに、被告が本件(1)および(3)の手形の割引について当事者であつたとしても、つぎの理由で、被告は原告に対し手形割引代金を返還する義務を負わないものである。すなわち、被告のような金融業者のあいだでは、手形割引といつた手形の取引において、手形上に名をあらわさない者は、右取引から生ずる責任を負わないということが事実たる慣習となつている。手形上に名をあらわさない者に対してあえて責任を問わんとするには、その間に特約があるか、あるいは、前記のように保証書ないし保証手形を徴したばあいのみである。本件(1)および(3)の手形割引においては、原告も、金融業界における右事実たる慣習を知つていたものであるところ、前記のように、被告は、右各手形に裏書をしておらないものであつて、右手形上に名をあらわさない者であるから、右手形割引から生ずる責任は、いかなる根拠にもとづくものであれ、これを負わないものといわなければならない。したがつて、被告は原告に対し、割引代金の返還義務を負うものではない。

(三)  また、本件手形割引に原告主張の売買におけるかし担保の適用があるとしても、手形割引をなす者は、手形の偽造のようなかしの有無については、当然自己の責任で調査すべきであるところ、原告はかような調査もしなかつたものであり、このことは、原告の重大な過失すなわち悪意があるといわなければならないから、本件各手形が偽造であるとしても、このことからただちに被告に売主のかし担保責任を問うことはできない。

第四  証拠≪省略≫

理由

一(一)  被告が原告に対し、昭和三三年八月一二日本件(1)の手形を交付して金三三万〇九二八円を受領し、また、同月二九日本件(3)の手形を交付して金六〇万一、四〇九円を受領したことは、当事者間に争いがなく、証人八島忠雄の証言、(第一回)により真正に成立したものと認めうる甲第五号証、証人八島忠雄の証言(第一、二回)、原告代表者尋問の結果によれば、「原告は、元来、医薬品、化粧品等の卸売りを業とする会社であるが、昭和三二年一一月頃から金融業を営む被告の示唆を得て、手形割引による金融にも手を染めるようになり、爾来、主として被告から持ち込まれる手形を割引いてきたこと、被告から原告に持ち込まれる手形のほとんどは、世間に名の通つた企業が振出した手形であつたが、本件(1)および(3)の手形についても、前記各日時、いずれも、被告から原告に対し、電話で、このような手形があるが買わないかとの連絡があつたので、原告方の社員八島忠雄が金銭を持参して被告方店舗に赴き、本件(1)の手形については、日歩六銭の割合により満期までの利息すなわち割引料として、金二万四、五三〇円を手形金額から差引き金三三万〇九八二円を、本件(3)の手形については、日歩六銭一厘の割合による割引料金四万六、二二一円を手形金額から差引いた金六〇万一、四〇九円を、それぞれ被告に支払い、被告から本件(1)および(3)の手形を受取つたものであること、この間、原告または八島らが被告から本件(1)および(3)の手形は被告が他から割引を依頼されたので、これを原告に取次ぐものであるなどと言われたこともないし、右割引料の計算、手形や金銭の授受すべてが八島と被告とのあいだで行われたものである。」という事実を認めることができ、右認定に反する証人北口道一の証言および被告本人尋問の結果の一部は、信用できないものがあり、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右事実によると、原被告間における本件(1)および(3)の手形ならびに金銭の授受は、被告が満期未到来の該手形を原告に交付し、手形金額から満期日までの利息その他の費用すなわち割引料を差引いた金額(割引代金)を原告から取得するという、いわゆる手形割引であつて、この手形割引は、原告と被告とのあいだで直接行われたものといわなければならない。

(二)  被告は、手形割引においては、割引依頼人は、割引手形にみずから裏書の記載をするのを原則とし、裏書の記載をしないばあいには、手形割引人に対し割引手形の支払を保証する旨の保証書を差入れるか、自らを振出人として割引手形と同金額の手形すなわち保証手形を振出すかするものであるところ、本件(1)および(3)の手形については、被告は、裏書の記載をしていないし、また、原告に対し、支払を保証するための保証書や保証手形を差入れたこともないのであるから、被告は、右手形割引の当事者たりえないと主張しているので、考察しておく、手形割引は、通常、割引依頼人とは原則的に関係のない第三者が支払義務を負担し、したがつてその者に対する手形債権を化体する手形を交付譲渡し、手形債権そのものを移転するところにより、手形金額から満期日までの利息その他の費用すなわち割引料を差引いた金額である割引代金を取得することを契約の内容とするものであつて、右手形の交付譲渡は、普通、割引依頼人の割引人に対する裏書譲渡によつて行われるであろうが、しかし、手形割引は、かならず、割引依頼人が割引手形に裏書人として署名(記名捺印)する裏書譲渡によらなければならないわけのものでなく、いわゆる白地式裏書のなされた手形を割引くばあいは、白地を補充せずかつ裏書をすることもない、たんなる引渡のみによつて手形を割引人に譲渡するにとどまることもありうるわけであるから(手形法第一四条参照)、本件(1)および(3)の手形に被告の裏書の記載がないという一事から、被告が右手形割引の当事者でないと帰結することはできない。しこうして、被告が本件(1)および(3)の手形に裏書をしていないことは、当事者間に争いがないが、しかし、<証拠>によると、本件(1)および(3)の手形の最終(第二)裏書人丸東金属株式会社(代表取締役東坂激登)の裏書は、被裏書人らんを白地のままとしていること、被告は、右白地のままで、これを原告に交付したものであることが認められるから、被告は、白地式裏書のなされた本件(1)および(3)の手形をたんなる引渡によつて原告に譲渡し、手形割引を受けたものというべく、したがつて、被告が本件(1)および(3)の手形に裏書をしていないという事実をもつて、前記判示の認定を妨げる資料とはなしえない。そして、右のように、被告の裏書がなくとも、原告と被告とのあいだで直接本件(1)および(3)の手形の割引がなされたものと認められる以上、割引手形に裏書の記載をしないばあいに差入れられるという被告主張の保証書あるいは保証手形の差入の有無などは、考察するまでもなく、たとえ、右保証書や保証手形が被告から原告に差入れられていないとしても、これをもつて、原告と被告とのあいだで本件(1)および(3)の手形の割引がなされたことを否定することはできない。

(三)  つぎに、<証拠>によれば、「原告の社員八島忠雄は、被告方に勤務している訴外北口道一から、昭和三三年八月一六日に本件(2)の手形の、さらに、同年九月六日本件(4)の手形の各割引を依頼されたので、いずれも、前同日、被告方店舗で、北口に対し、前者については、日歩六銭の割合による割引料として金四万〇四八二円を手形金額から差引いた金五二万一、七七一円を、後者については、日歩六銭一厘の割合による割引料として金五万二、六七二円を手形金額から差引いた金五六万四、一〇三円を、それぞれ支払い、北口から本件(2)および(4)の手形の交付を受けたこと、本件(2)および(3)の手形の最終(第二)裏書人丸東金属株式会社(代表取締役東坂激登)の裏書は、被裏書人らんが白地のままであつて、北口は、これを右白地のまま引渡したものであること、八島は、北口のする右手形割引については、従来の関係から、北口が被告のためにするものと思つており、北口もとくに、従来と変つたそぶりもなかつたし、この間に第三者が介在するようなことはなかつた。」という事実が認められ、右認定に反する証人北口道一の証言は信用し難く、他に右認定をくつがえすに足る証拠もない。右事実によると、原告と北口とのあいだで、本件(2)および(4)の手形の割引をしたことが認められるのであるが、原告は、北口のした右手形割引は、被告の代理人としてしたものであると主張する。なるほど、前記認定によると、北口のした手形割引は、被告の代理人としてしたものといえるが、はたして、右手形割引につき、北口が事実、代理権限を有していたかどうかをみるに、証人北口道一の証言、被告本人尋問の結果に照らすと、北口のした本件(2)および(4)の手形についての手形割引は、被告を通すことなく、北口個人が行なつたものと認められるふしもあつて、結局、北口のした右手形割引につき、被告が北口に対し被告のためにする代理権限を与えていたとの心証を惹くことができないから、原告の右主張はとることができない。

そこで、原告の表見代理の主張について考察を進めるに、前記証人<省略>の各証言によると、北口は、被告方の使用人であつて、従来、しばしば、被告を代理して原告と手形割引を行つたこともあることが認められ、その反証はないから、北口が原告とした本件(2)および(4)の手形割引は、すくなくとも、右代理権限を越えてなされたものというほかないが、前記各証言に弁論の全趣旨によると、「北口がした本件(2)の手形割引に先立ち、被告みずからがすでに原告とのあいだで同種の手形である本件(1)の手形を割引いており、また、本件(4)の手形の割引をするしばらく前にも被告が本件の手形を割引いており、本件(3)ないし(4)の手形の割引は、被告および北口によつて、連続して行われたこと、北口じしん本件(2)および(4)の手形を割引いたほか、これまでに、原告とのあいだで個人的に手形割引をしたようなことがなかつた。」という事実が認められ、その反証もない。右事実からすると、原告が北口のした本件(2)および(4)の手形の割引につき、北口が被告から与えられた代理権の範囲内でしているものと信じたことに正当の理由があるものといわなければならない。してみると、北口のした本件(2)および(4)の手形の割引については、本人である被告にその効果が及ぶものといわなければならないから、被告は、右手形割引につき、割引依頼人としての責任を負わなければならない(なお、本件(2)および(4)の手形割引にあたつて、右手形上に被告または被告代理人北口道一の裏書の記載がないことは、前記認定のとおりであるが、右裏書のないことをもつて手形割引の当事者でないとはいえないこと、前段(二)で判示したと同様である。)。

二(一)  本件(1)ないし(4)の各手形の振出人らん記載の「大谷重工業株式会社尼崎工場専務取締役大谷竹次郎」という署名(記名捺印)がいずれも偽造であつたこと、第二裏書人らん記載の「丸東金属株式会社」なるものは実在しない虚無の会社であることは、当事者間に争いがなく、前掲証人八島忠雄の証言によれば、受取人および第一裏書人らん記載の「近畿産業株式会社取締役社長佐川吉太郎」の裏書も、また、偽造であつたことが認められる。

(二)  ところで、手形割引は、前記のように、代価をえて手形債権を化体している手形を交付譲渡するもので、その実質は、原則として手形の売買と解されるから、売り主である割引依頼人は、買い主である割引人に手形を引渡せばそれで債務を履行したことになり、それ以上に、割引人に移転された手形債権の債務者の負う絶対無条件の義務のほかに、これと同種の割引依頼人の絶対無条件の義務負担は、割引の結果が所期の効果をおさめ、手形が順当に支払われるかぎり、その必要をみず、割引依頼人としても、特段の事情のないかぎり、自らにおいて無条件に債務を支払う意思がないであろうけれども、ただ割引による取得手形が不渡となり、あるいは、法律的欠陥があつて無効であるなどの事故が生じたばあいには、割引人は、割引依頼人に対し、手形上の責任を問いえるばあいとは別に、特約にもとづき、あるいは法律上、なお、絶対無条件の義務負担を認め、割引代金の返還が求められることも考えられる。しかるところ、原告は、まづ、本件(1)ないし(4)の手形の割引にあたり、被告および北口は、本件手形が偽造であつたばあいは、本件手形割引を解除し、原告に対し、受領した割引代金を返還する旨の特約をしたと主張するので、右特約の有無について検討するに、原告の右主張事実は、これに添う前掲証人八島忠雄の証言および原告代表者尋問の結果以外には、これを的確にできる証拠も存しないのであるから、原告主張事実に添う前記証人の証言および原告代表者尋問の結果も、「被告が割引依頼人として責任をとるのは割引手形が偽造であるばあいのみで、手形が不渡になつたばあいの事後措置については、原、被告間においてとくだんのとりきめもなかつたこと、原告としては、手形が不渡になつたばあいには、仕方がないことなので、被告に対し責任を追及することは考えない」という趣旨の証人八島の供述(第二回)や、原被告間に原告主張の特約が存することに否定的な証人北口道一の証言および被告本人の尋問の結果と対照するときは、多分に疑念がもたれ、そのまま信用することのできないものがあり、結局、原告の主張事実を肯認するにたる心証を惹くことはできないし、その他に右主張事実を首肯せしめる確証もない。したがつて、原告と被告とのあいだで、本件各手形の割引にあたり、原告主張の特約がなされたことは認め難い。

そうすると、右特約の存在を前提として、被告に対し、割引代金の返還を求める原告の主張は、失当といわなければならない。

三  そこで、つぎに、原告の本件手形割引における錯誤を理由とする割引代金返還の主張について考察する。なるほど、手形割引の実質関係が原則として手形の売買と解されることは前記のとおりであるから、この面に着目し、売買の目的物たる手形債権の効力を誤信したときは、要素に錯誤があるものとして、手形割引を無効とすると解することができるようにみえるが、しかし、手形割引というも、その行為の方式、割引依頼人から割引人に手形を裏書(または、たんなる引渡により)譲渡することによつて行われるものであるから、右手形裏書行為自体に錯誤が存するならば格別、そうでないときには右手形割引を無効ならしめるものではないと解する。本件において、原告の主張する錯誤というのは、原告において割引いた本件右手形の手形たる効力(価値)を誤信して、被告に対し本件右手形の割引をしたことをいうものであるから、本件各手形の手形裏書行為自体につき存する錯誤とはいえないものである(もともと、本件手形割引で手形裏書行為をした者は、割引依頼人たる被告であるから、手形裏書行為自体につき錯誤が存するとしても、それは被告自身に生じた錯誤をいうのであつて、原告のそれではないともいえる。)したがつて、たとえ、原告にその主張の錯誤があつたとしても、これによつて、原告と被告とのあいだに行われた本件各手形の割引を無効ならしめるものではない。してみると、原告の前記錯誤を理由とする割引代金返還の主張は、理由がない。

四  さらに、原告は、原告が被告の依頼で割引いた本件各手形の振出および裏書が偽造であつたことは、本件手形割引(手形売買)の目的物に隠れたるかしが存するものといえるから、被告には、民法第五七〇条、第五六六条の規定により、売主としての担保責任があり、原告に対し、取得した割引代金相当の損害賠償義務があると主張する。

(一)  民法第五七〇条、第五六六条の規定によると、売買の目的物に隠れたるかしがあるときは、買主は、そのかしによつて契約の目的を達しえないときは契約を解除しかつ損害賠償を請求することができ、そうでないときには損害賠償の請求だけすることもできるとされている。そして、右規定は、争いのあるところであるが、有体物以外の権利の売買についても、その権利のかしが問題となるばあいには、類推適用されると解するのが相当とするから、前記のように、手形割引の実質関係を手形すなわち手形債権の売買と解するならば、右手形債権にかしが存するばあいには、右規定の類推適用により、割引依頼人に売主としての担保責任があると解さなければならない。しこうして、右にいうかしは、物理的なると法律的のものなるとを問わないものなるところ、割引(売買)した手形に化体される手形債権は、該手形上に記載された振出人(または、裏書人)に対するものであるので、右手形上に記載の振出人(裏書人)の振出(裏書)の署名(記名捺印)が偽造であつたときには、名儀を偽わられた本人はもちろん、偽造者も手形上の責任を負わないものであるから、該手形は、本来、手形なる効力を欠くものというべく、このばあい、本来、手形債権にかしが存するものといわなければならない。

(二)  そこで、本件についてみると、原被告間で割引された本件(1)ないし(4)の各手形に記載の振出人、第一裏書人の各署名(記名捺印)がいずれも偽造であり、また、第二裏書人も実在しない虚無の会社であつたことは、前記判示のとおりであるから、本件(1)ないし(4)の手形は、偽造の手形と目されるものであつて、手形たる効力を欠くかしの存するものといわなければならない。そして、前掲証人八島忠雄の証言(第一回)によれば、「本件(1)ないし(4)の手形が偽造の手形であることは、右手形割引後、被告からの申出でで、八島が振出人に直接あたつて調査した結果判明したものであり、本件各手形のほかにも類似の手形が市中に出廻つており、右偽造は、きわめて巧妙になされており、早々にこれを発見できるものではなかつた。」という事実が認められるから、右かしは、隠れたるかしということができる。この点につき、被告は、手形割引をなす者は、手形の偽造の有無といつたことについては、当然自己の責任で調査すべきであり、調査すればこれを知りえたのであるから、かかる調査をしなかつた原告には重大な過失があると主張するが、しかし、前掲証人八島忠雄の証言によると、「原告と被告とのあいだで行われた手形割引は、昭和三二年一一月頃から同三三年九月頃までの間に金額にして約金二、〇〇〇万円に達するものであつたが、この取引は、ほとんど、被告から原告にこのような手形があるので割引いてくれとの連絡があり、原告としては、被告の指示にしたがつて、被告方店舗で、金銭の授受と引換えにのみ手形の交付をうけていたものであつて、割引く手形の振出人の信用調査など一切は、被告に一任され、被告も、また、これを受け容れていたので、原告が被告に対し割引く手形については、原告において調査する期間を与えられ、右調査をしたうえで割引くといつたことはなかつた。本件(1)ないし(4)の手形の割引についても、右と同様の経過で割引いたものであつた。」という事実が認められるので、原告が本件各手形の偽造の有無を調査しないで割引いたことをもつて、ただちに原告に重大な過失があるということはできず、その他に被告の前記主張事実を認めるにたる確証はないから、原告が本件各手形に隠れたかしのあること知りえたとの趣旨の被告の該主張は、とることができない。

(三)  右のとおり、原告が被告の依頼により割引(売買)した本件(1)ないし(4)の手形には、原告においてもただちに知りえなかつた偽造の手形であるという隠れたるかしが存したものといわなければならないから、割引依頼人たる被告において、売主の担保責任を生ずるものとしなければならない。もとより、手形割引が手形の売買と解されるにしても、それは手形行為の原因関係にすぎず、手形が存するのに、割引依頼人に対し、手形上の責任とは別に(もつとも、本件にあつては、本件(1)ないし(4)の手形に被告の裏書がないこと前記のとおりであるから、被告に手形上の責任を問うことはできないが)、特約によることもなしに、法定の売主のかし担保責任を問うことには異論があるかも知れないが、割引依頼人は、割引手形について、その手形債権の有効性を担保しているものと解さなければならないから、右手形が偽造の手形であつた如きばあいには、なお、売主のかし担保責任を負うものと解する。

被告は、金融業者間にあつては、割引手形の手形上に名をあらわさない者は、右手形割引から生ずる責任を負わないという事実たる慣習があり、本件手形割引は、右慣習にしたがつてなされたものであるから、売主の担保責任などは生じない旨主張する。しかし、右事実たる慣習の存在については、証人北口道一、森本秀吉の各証言、被告本人尋問の結果によるも、いまだこれを肯認することはできないし、他にこれを認めるにたる証拠もない。してみると、右事実たる慣習の存在を前提とする被告の主張は、その余の点について判断するまでもなく、失当といわなければならず、とることができない。

(四)  そこで、原告は、割引した本件各手形に隠れたかしが存することによつて、損害を破つているならば、あえて契約の解除をしなくとも、被告に対して、損害賠償の請求ができることになるが、右損害は、原告が本件各手形にかしがあることを知つていたならば被らなかつたであろう損害を指すものである。しこうして、原告は、被告に対し、割引した本件(1)ないし(4)の手形に記載の振出人あるいは裏書人の各署名(記名捺印)が偽造であることを知つていたならば、これを割引き、割引代金を出捐することがなかつたことは、当然予想できることであり、原告としても、割引手形の手形債権を行使しその出捐した割引代金を回収することもできなかつたのであるから、原告は本件各手形にかしが存することで、被告に対し交付した本件各手形の割引代金相当の損害を被つたものといわなければならない。したがつて、原告は、被告に対し、本件(1)ないし(4)の手形の割引代金に相当する金二〇一万八、二六五円を、損害賠償として請求しうる。

五  以上の次第であるから、被告は、原告に対し、売主としての担保責任にもとづく損害賠償として、金二〇一万八、二六五円およびこれに対する履行を請求したとみられる本件訴状の送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和三三年一二月五日から支払ずみまで、商法所定の年六分の割合による遅延損害金(本件手形割引により生ずる債権は、商事債権と解する)を支払うべき義務があるものというべく、右支払を求める原告の本訴請求は、正当であるから認容すべきものとする。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。(坂詰幸次郎)

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